第14話 荒川河川敷を愁う('98. 4. 1)
第12話では悠長にも「寒中クリーンアップ」なんて言っていたが、灯台もと暗しとはまさにこのこと。ふだんのクリーンアップエリアから、京浜東北線・宇都宮高崎線をはさんだ反対側で、何ともショッキングな事態が起こっていた。昨秋の荒川下流全域の一斉クリーンアップを実施した際、オプションで植物観察会を行った場所、そこは一面の草っ原で、「オオケタデ」「オオイヌタデ」「ヤナギタデ」「チカラシバ」「ヤブマメ」はもとより、何と「コスモス」も咲く、近辺では珍しいほどの植物の自生地、宝庫だったところである。年度末とは言え、何とも性急なことに、ブルドーザの轍も生々しく造成が進んでいたんだから驚くしかない。もともと交通公園だったところが、放置され、人手がかからなかったことで植物が自然に繁茂したのは、当地に暮らすようになってからずっと見届けてきたからよくわかる。その「草原」が見る影もないのである。ここを通りがかったのは何とも皮肉なもので、赤羽岩淵の水門界隈にこの程、開館なった「荒川知水資料館」の一般公開に向う途中のこと。知水資料館の一帯は「岩淵みんなの散歩道」とのふれこみで、親水公園を意識した整備が進み、既にその片鱗を見せているが、その延長というか一環というか、先の京浜東北線・宇都宮高崎線鉄橋あたりから、岩淵にかけての荒川河川敷ではそんなこんなの工事が盛りを迎えていた。
落胆を胸に歩を進め、新荒川大橋の下をくぐり、ともかく知水資料館をめざす。話が前後するが、ここ「岩淵みんなの散歩道」は、その名にしては残念なことに、実に一般的なアスファルト舗装でできている。コールタールの色艶・匂いが存分に残る不自然な歩道を歩いていると、河川行政について意見したいという気持ちはどうにも禁じ得なくなってくる。アスファルトは水をはじく、ということは河川が増水した時、この道はどうなるのか。透水性舗装、それにタイヤの廃材を配合したものにできれば、歩きやすいし、水も河川敷の土に還れるはず。部分的には緑色に塗装してあり、親しみ感を持たせた道路舗装になっているが、根本の発想が何とも貧弱に思える。
知水資料館は開館初日から大入りのにぎわいである。赤水門・青水門一帯で「荒川土手 さくら祭り」なるイベントを併催したせいもあるだろうが、これは流域住民の川への興味・関心がやはり高い故であろうか。写真を添えた手書きメッセージで荒川の今を伝える「ニュースマップ」、川に棲む生物の観察や紙すきの実演ができるワークショップ向きの「荒川テーブル」などは、なかなか好感が持てた。ここに来るまでの憤懣が中和しかけた時、「あらかわご意見板」なるおあつらえむきの展示に遇した。建設省・東京都・北区の荒川の整備計画や取り組みが一望できる。しかも開示資料付き。早速、草原を根こそぎにした計画を調べてみる。堤防スタンドと高水敷(?)...となっている。どうやら運動場と観戦用のスタンドになるようだ。スタンドは段丘を利用して板状のベンチシートが既に埋め込んであったのを見た後だったので、計画の察しがつく。川岸部分は親水を謳い、お花畑も設けるとある。しかし、植物の自生を促すような場所はなさそうだ。結局、草原の跡地は全て人手がかかることになる。昨秋でコスモスが見納めになってしまうのだとすると、こんなに非情なことはない。意見コーナーなので、然るべき用紙と回収箱が据え付けてあった。これを逃す手はないと思い、想いの丈を書き綴る。と、いつしか荒川クリーンエイドの関係諸氏が声をかけつつやってきて、「いや実はこれこれで」「ふむふむ」などと始まったものだから、大変である。すっかり河川行政談議になってしまった。アスファルト舗装のこと、スーパー堤防のこと、護岸脇の不法投棄ゴミのこと、などなど。あらかわ学会の方や、当の建設省の広報担当とも話を交えたため、いささか激昂調子である。意見のある大人の話を聞きつけてか、通りすがりのこどもの一人が「子どもが遊べる場所がほしい」と言い残していったのが忘れられない。その子からその場でいろいろ話をしてもらえばよかったと、今思う。
投函した意見には、後日回答書付きでご意見板に貼り出されることになっている。そのうちしかと見に行かないと。ともかく回答の如何に関わらず、次にクリーンアップをする時など、以後は近辺の整備事業には目を向けておく必要がありそうだ。
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