第25話 小山酒造見学記('98. 9.15)

 ☆「東京モノローグ」おかげさまで1周年!

 東京都23区唯一の造り酒屋がある。「小山酒造」と言って、筆者の地元、赤羽の岩淵町にある。明治11年の創業時に、当時東京市北端のこの地に地下約130メートルの深さまで井戸を掘り貫き、その井戸水を使って酒造りを始めたという。都内の地酒としての名高さに加え、そうした創業者の先見性でも有名な小山酒造。近所にありながら、なかなか訪れる機会がなかったが、飲み友達?!のS夫妻のリクエストもあって、めでたく見学に行くことができた。こういうことは何事も然るべききっかけが必要なものだ。

980912_2.jpg 埼玉県の境近く、新荒川大橋の手前にある。これまで前を通ることは何度かあったが、中に入るのは当然初めて。入口には日本橋から通じる岩槻街道の人馬宿があったことを示す趾碑があり、見上げれば歴史を感じさせる重厚な母屋、そして奥には酒蔵の棟が連なる。東京にあるとは思えない風情を醸し出している。名所と言われる所以である。北区のケーブルテレビで赤羽の特集番組が放送されていたが、その中で小山酒造を紹介する場面で出演していたと同じ、案内役は小山家代々の若い後継ぎの兄さんである。どことなく顔に覚えがあると思ったら、テレビで見て知っていた訳である。実際の酒造りのシーズンではないため、単なる施設見学のような形となったが、ビール工場のようなマスプロ型装置産業ではないから、目新しくもあるし、何より手作りの良さが実感できる。とは言っても、旧来の手作り式の道具と、近代的な機械式のものとが全体的には半々で配されているようだ。手作りでは味わいある酒ができ、機械ではさらっとした仕上がりになる、ということである。パンフレットを時折見やりながら、工程に沿って案内は進む。

  1. 精米・洗米・蒸米
     キーンという高周波の音が断続的に鳴る倉。ここは米の貯蔵場ゆえ、ネズミが侵入しないようネズミ除けの音を出しているのだそうだ。一角には例の地下130メートルから水を汲み上げるポンプもある。複数のパイプが通り、バルブが付いている。場内の水は全てこの地下水で賄われているので、こうした設備になるのだろう。井戸か何かを想像していたので、ちょっと面食らった。しかし、水は秩父山系の水に雨水が加わったもので、微生物による自然浄化に頼っただけの正しく天然水である。その水を使い、酒の原料米を精白し、洗い、蒸すという訳である。ところで、小山酒造で上等の酒を造る場合、米は65%まで削るのだそうだ。精米時に米を削るという工程があるとはこの時まで知らなかったので興味深かった。
  2. 麹造り・酒母造り
     大きな倉へ通され、中に入っていくと酒の匂いが漂ってくる。太い木の梁が通る古式ゆかしい倉なので酒の匂いと相まって実に趣深い。そこに巨大なタンクが肩を並べる。「灘琺瑯(株)東京工場」製、8,000㍑級の立派なものである。昭和30年以前は木製だったので、漏れを防ぐのが大変だったというから、琺瑯に替えたのはもっともな話である。しかしこのタンクもよく見ると昭和30~40年代製だから、30年以上も使い込んでいることになる。おそれいった。そのタンクでは、仕込みの前段階である麹米と酵母が造られていた。
  3. 仕込み
     さらに奥へ入ると、同様のタンク、しかしそれぞれに銘柄分けされたものが並んでいた。今は「醗酵自動温度制御監視」機で、最適の仕込みができるようになっている。各タンクの温度がデジタル表示され、ボタン操作で調節できるようになっているというから、ビックリである。ともかく醗酵を強めて↑弱めて↓、を繰り返し、3段仕込みという製法で仕込んでいくのだそうだ。約25日かけて、その仕込みが終わると、1日のうちに醗酵してアルコール分ができる。そして一定の温度で酒の主成分である「もろみ」を育てていく。タンクには細いパイプが巡らされていて、5℃の水が通してある。この時期、夏場は熟成期間なので、低温でじっくりやるんだとか。秋口には出荷されるが、もうひと眠りといったところだろうか。
  4. 圧搾・濾過・火入れ
     もろみを圧搾機にかける。ここで、新酒と酒粕に分離する、ということだが、今はその時期ではないので静止した機械を見るのみ。タンクを横に寝かして蛇腹状に板をはめ込んだような形である。それが終わるとさらに濾過して精製、ということになる。濾過にも昔ながらの濾紙と炭粉を使う方法と、中空紙を使った機械式とがあるそうだ。手作りの良さが随所で息づいていて、機械とも巧く共存していることを感じる。ちなみに圧搾には、ひと昔前は麻袋を使っていたと言う。火入れの現場にはお目にかかれなかったが、これは言うなれば低温殺菌である。
  5. 貯蔵・調合
     最後は貯蔵タンクに入れられ、密閉される。これが貯蔵。調合は市販の規格品にするための処理。工程順ではこれで終わりになるが、今回の見学では貯蔵・調合の見学の代わりに、締めくくりはやはり試飲。これがなければ来た甲斐がない訳だが、いやはや大サービスだったので、実にありがたかった。

 まずは特製地下水の氷水。ヨーロッパと同じ、この水は硬水なのだそうだ。混じり気なしで含蓄がある、呑み応えたっぷりの水である。5年ほど前までは、この井戸水を一般に提供できるようにしていたそうだが、評判を聞きつけて、タンクローリーで水を失敬する不届き者が現れたそうで、それ以来やめてしまったとか。水を汲み上げるのに、一般水道より経費がかかっていると言うのだから、ここで飲むことができたのは何とも幸せなことだと思った。

980912_1.jpg 喉を潤した後は、3つ続けての利き酒である。生貯蔵酒に始まり、定番「丸真正宗(吟醸)」、そして吟醸酒「吟の舞」の順。丸真正宗は一升ビン入りのをこれまで呑んできたので、その辛口具合というものになじみがあったが、ここで出された酒はいずれも辛口であるはずなのにどこかしら甘い。その訳を尋ねると、とにかく冷やすと甘くなる、これは舌が騙されるため、なのだそうだ。筆者、特に酒の事情通という訳でも何でもないのだが、とにかくいいことを聞いたものだと思った。さてさて、この後だが、なんと「実験酒」なるものが出てきて、聞くと山田錦の米を60%まで削り、吟醸したものと言う。前出の3種の酒と異なり、何ともふくよかな味わいである。丹精込めた酒なので、「500mlで5,000円!」とおっしゃる。値段を聞いてついゴクリと呑み下してしまった。いやはや惜しいことをした。

 利き酒の一室には、栄えある賞状の数々と小山酒造製の全銘柄がズラリ。丸真正宗とその他若干の銘柄しか知らなかったので、ただただ感歎するばかり。酒造工場の隣には、小山酒店があって、ここに来れば大部分の銘柄が手に取れる。利き酒で結構酔いが回りつつも、しっかり物色して、大吟醸の小ビンを買い求めた。S夫妻が一升ビンを買ったのは言うまでもないことである。見学・試飲の後は放っておいたってお店へ足を運ぶことになる、これは実によくできた仕掛けである。

 誇れる名所が地元にあるというのはいいものである。次に来るのは、実際の酒造りが始まる11月以降ということになりそうだ。

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