第41話 優等列車停車の既得権('99. 5.15)

keihin-tohoku1988.jpg 京浜東北線が田端から田町の間を快速運転し出した当初、通過駅になってしまった御徒町ではアメ横商店街挙げて、「快速運転反対!」とかを唱えていたのを思い出す。大宮~川口や横浜~大船からの遠来の客にとっては、快速運転によって時間的距離が縮まる訳で、上野や秋葉原で山手線に乗り換える手間を差し引いても、そのメリットは大きいと考えていた筆者は、こうした地元商店街の反発を短絡的かつ顧客軽視な発想と受け止めていた。逆手にとって、「大宮~川口、横浜~大船の皆様、ようこそ!」くらいの度量を見せた方が良かっただろう。御徒町を通過することで果たして客足は減ったのだろうか? むしろ快速運転のおかげで相変わらずの賑わいを見せているのではないか、と思うのである。

 御徒町の例は、今まで各駅停車だったものが快速列車になる、というあまり見当たらないケースで、確かに地元にしてみればあまり愉快でない話である。逆によくあるのはこれまで各駅停車のみだった駅に優等列車(快速や急行等)が停まるようになる話。これは地元挙げて歓迎ムード一色になり、停車初日などには自治体首長や地元有力者がそろって祝賀式典を開いてしまう、という程の盛り上がりを見せるので、否応なく記憶してしまう。筆者の覚えているところで書き出すとざっと以下の通りである。

【JR横浜線】

・快速運転当初の停車駅:東神奈川、新横浜、鴨居、中山、町田、橋本

・現在:東神奈川、新横浜、鴨居、中山、長津田、町田、相模原、橋本

 2駅増えたが、逆を言うとなぜ快速を停めなかったのかが不思議なくらいである。未だ菊名に停まらないのは、乗客の流出を防ぐための競争原理が働いているからだが、不便なことこの上ないのは、沿線の方々が最もよく実感されていることだろう。(新幹線利用客も然り)

【JR京葉線】

 幕張メッセがオープンして間もなく、何らかの大型イベントを見に行った筆者は、京葉線の快速が海浜幕張に停まらないことを知り、えらく驚いたのを覚えている。この日はさすがにイベントに繰り出す乗客が多かったため、快速を臨時に停めていたが、快速列車が標準停車になったのは、その後、間もなくのことだった。

 休日と平日でかなり変則的だが、平日の快速停車駅は、東京、八丁堀、新木場、舞浜、新浦安、海浜幕張、検見川浜、稲毛海岸、蘇我となっている。

【小田急線】

 江ノ島線の変化が激しい。東急田園都市線が延伸されていたのを機にしばらくして、中央林間に急行が停まるようになった後、大和には特急が、そして今秋、横浜市営地下鉄が入って来るタイミングで湘南台に急行が停まるようになる。かつての急行は相模大野、南林間、大和、長後、藤沢だったので、急行列車たる貫禄があったが、こう増えてくると意義が薄れてきそうだ。一度停車したものを停まらなくするのは、横綱を降格できない、市に昇格したら、どんなに人口が減っても町に戻すことはないのと同じで、既得権みたいなものだから、扱いが難しいのだろう。(地元が反発するのは想像に難くない。)

 しかしながら、小田急にはこんな例もある。筆者が昔、経堂に住んでいた頃、準急列車は全て経堂に停まっていた。ところが、代々木上原が新しくなり、千代田線が直通準急で乗り入れて来るようになってからは、直通準急は経堂を通過。ついでに朝夕ラッシュ時の準急も停まらなくなってしまった。幼心に結構ショックだったのを覚えている。この時、同じ憂き目に遭ったのが代々木八幡で、千代田線が代々木公園止まりだった時分は、準急が停まっていたが、千代田線の直通乗り入れが始まった途端、ただの各駅停車のみの駅に「降格」してしまった。かつては代々木上原の方がずっと地味な駅(高架ではなく、地上駅)だったのに、今では格の違いを見せ付けている感がある。(ちなみに、新百合ヶ丘ができる前の急行停車駅は、新宿、下北沢、成城学園前、登戸、向ヶ丘遊園、新原町田(現・町田)、相模大野...だった。向ヶ丘遊園から新原町田の間を猛スピードで走っていた当時の「急行」が懐かしい。)

【東武東上線】

 新しい駅ができると、優等列車をどう停めるかが焦点になってくる。筆者、小学校低学年時代は川越に住んでいたので、東上線にはよく乗ったものだが、その当時の急行列車は、池袋、成増、朝霞台、志木、川越...だったが、営団地下鉄有楽町線が乗り入れてからは、和光市に停まるようになり、新しくふじみ野ができると、そこにも停車するようになった。新駅という点では、柳瀬川、みずほ台、若葉の3つもそうだが、ふじみ野には停めながら、その近くの柳瀬川、みずほ台には停まらないのは、ふじみ野が東武の宅地開発の目玉だからに他ならない。同じ新駅でも明暗を分ける一例と言える。(もっとも地元の人たちにとっては、新しい駅ができるだけでもセンセーショナルなのだと思うが、どうせなら優等列車も、というのが人間の欲求本分なんだろう。)

 ちなみに、東武伊勢崎線の板倉東洋大前も新駅だが、これまで東武動物公園~新大平下の間を30分間ノンストップで走っていた快速列車を停める一つの布石、かつ一大ステーションにいきなりなってしまった。

 新駅ができる時、そして線路を延ばして新たに相互乗り入れを始める時など、どこにどう優等列車を停めるのか、というのは筆者にとってちょっとした関心事である。沿線住民・沿線自治体の思いと鉄道会社との思惑がどう折り合ったのか、そして、そこに停めるに至った決定的な理由は何だったのかを実際に現地を訪ねることで検証するのは楽しい。都営地下鉄が新宿線の急行運転を始めたのに次いで、浅草線では空港間快速特急(成田←→羽田)の運転を始めた時、その停め方に「なるほど」と感心させられたものだった。お次は、営団南北線と都営三田線が目黒から東急線に乗り入れを始めた暁か。急行停車駅がどうなるのか、これも気になるところである。(多分、目黒、武蔵小山、大岡山、田園調布...になるものと思われるが。)

 未だになぜここに停車して、ここに停まらないのか、と考えさせる駅は幾多もある。地元挙げて、優等列車停車に向けて運動を繰り広げているところも多い。ともかく利益誘導や地元本位な安易な停車設定は考えず、路線全体、交通体系全体(乗り換えや混雑緩和)での最適なパターンをじっくり考慮してもらいたいものである。当然、そうした観点からは既得権益にこだわらない「降格」も検討する必要が大いにあると思っている。

 筆者の一計では、JR常磐線快速の新松戸停車、JR東北本線普通列車の川口停車、東武東上線準急のときわ台停車、横須賀線の鶴見駅設置、などは実現してもよいと昔から思っているのだが、いかがなものだろう?

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