第118話 荒川流域三題(2002.8.1)
閑話休題モードに入ってきたので、今回はかねてから予告していた「フライング・ビハインド」のお題で行くつもりだったが、ここんとこ荒川ネタがたまってきたので、短編3つを並べての「荒川流域三題」をお届けすることにした。(短編の組合せは前々から構想はあったが、なかなか実現できなかったので、ちょうど良かったとも言える。)
■其の一:高麗川・巾着田河川敷クリーンアップ
荒川本流ではなく、荒川中流域に注ぐ支流、高麗川での話題。筆者が運営委員として属する荒川クリーンエイド・フォーラムの恒例行事、「なつやすみ水辺の楽校」だが、今年はいつもの都内、荒川下流ではなく、きれいな水に親しんでもらう意図もあって、高麗川での実施とした。場所は西武秩父線 高麗駅近地の巾着田と称する一帯での河川敷である。(川が彎曲し、ちょうど巾着袋を模した地形になっていることからそう呼ばれるらしい。)
好天に恵まれ、この日秩父では37℃を超す暑さ。7月20日は海の日なので、何も川に行かなくても良さそうなものだが、夏休み初日とあって、この方面に向かう車は多く、朝早くから渋滞気味だった。筆者を含む先発隊3名は9時過ぎには巾着田に到着したものの、小学生を大挙引率しての本隊は、その渋滞に捕まり、午前中に予定していたクリーンアップに間に合わなかった。一大失点である。(この日、小学生向けの行事としては、水遊び・投網・水質調査のみとなった。結果オーライだったが。) 本隊が持ってくる予定だったクリーンアップグッズがそろわなかったのが痛かったが、用意周到な地元系・荒川流域ネットワークの方々のおかげで、軍手と袋を出していただいたので事無きを得たという有様。
クリーンアップは流域ネットワークの皆さんを含め、総勢20名で、10:30にスタート。思いがけず量が多かったことと、巾着田の流域面積が広かったため、終わったのは2時間後だった。炎天の中、通常の2倍の時間もよく持ちこたえたものだと感心するが、川の水に浸っている時間が長かったおかげだろう。それにしても、午前中とは言え陽射しが厳しいこと。たちどころに日焼けしてしまった。
2週続けての台風と大雨で、高麗川も河川敷平面を基準にして、約2メートル程の水位に達していた模様。河川敷に降り立つと、樹木が横倒しになっていたり、草薮が土砂にまみれて拉げていたり、生々しかった。人の高さを超える高さで横に伸びる大きな枝には、上流から流されてきたらしい、枯れた草や蔓が絡まり、それにはビニール片やボロ切れなども付着していて、剥がして集めるのにひと苦労だった。
河川敷は土砂で埋まっていて足場がないところも多く、高麗川沿いを歩いて進むには、川の中に入る必要があった。時に流れの速いところや、ちょっとした深みもあったので、危なっかしかった。本隊のこどもたちが遅れてクリーンアップに参加できなかったのは、結果的には正解だったかも知れない。ちなみに、さすがに奥まった河川だけあって、水は総じて澄んでいて実に清々しかった。
天神橋より下流側300メートル程の地点から始めたが、この天神橋にたどり着くまでで重労働。用意してもらった日高市のゴミ袋が小さいこともあって、すぐにいっぱいになってしまう。天神橋のふもとでいったんとりまとめたが、その先、さらに進んで「あいあい橋」を過ぎたところで、追加の2袋も満杯に。この日、筆者が集めた、または見かけた中で目立ったものとしては、
エアコン廃品、ドラム缶、一斗缶、ビニールシート、衣類、扉、工事標識看板、農業用ネット、巨大ボルト、自転車、おもちゃのダンプカー、ビニール片多数 |
といった状況だった。
バーベキュー客で朝から賑わっていたが、その賑わっている付近の水際に、なぜか古い鋼の芯材が突き出ている場所があった。錆が激しく、軍手が真っ黒になってしまったが、クリーンアップでもしない限り、こうしたものは除去されない。ケガ人を未然に防ぐことができたとしたら冥利に尽きる。賑わっている場所はとかくゴミが多く出るものだが、傍らで黙々とゴミを拾って、ゴミ発生を抑止する一方で、ゴミ以外の危険物にも目を光らせ、それを取り除くことで、安心して行楽してもらうようにするのも、クリーンアップの意義としては大きいと思った。
■其の二:みやこ豆腐
主に荒川を教材とした「総合的な学習の時間」ネタをお手伝いできる人を養成する講座「川に学ぶ体験活動講師養成講座」なるものを、これまた荒川クリーンエイド・フォーラムが主体となって実施している。7月27日、そのまとめとなる各種実習の後、志茂の青水門のふもとで野外交流会を開くことになった。土曜勤務の筆者は、実習には参加できなかったので、とにかく交流の場には出ようと現地に向かったのだが、遅れて顔を出すのに何の手土産もないのでは格好つかないので、ここはズバリ、地元赤羽名産を持って参じようと思い立った次第。秩父山系の地下水を使う点で共通だが、1つは例の小山酒造のお酒、もう1つは「美味しんぼ」では名高い豆腐屋さん「みやこ豆腐」の木綿豆腐である。(第59話で書いた「アド街ック天国:赤羽編」では11位にランク)
14時開店というのは知っていたが、閉店時刻が不明だったので、赤羽駅を降りてとにかく急ぐ。18:30にお店に着いて、開口一番「お豆腐6丁!」。まとめ買い客が珍しいとあってか、会話モードになり、思いがけず店主の磯崎浩子さんと20分ほど話をする機会を得た。早く交流会の席に持っていきたいと急く気持ちを抑えつつも、いろいろ得難いお話が聞けたので、以下、メモ書きする。
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私しか作れないことがわかった。今は66才だが、あと4・5年続けたら、店をたたむつもり。後継はいない。
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昭和30年代、当時としては珍しい衛生管理士の資格を取得。食の安全には昔からこだわってきた。絶対安全の自信あり。
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かつてここは「みやこ製餡所」。ご主人は製餡業者だったが、医療ミスで他界されてしまったとのこと。(合掌)
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美味しんぼで最初に紹介されたのは16年前の第7巻。最近、第22巻で、再びみやこ豆腐を舞台にした美味しんぼが発刊されたが、取材は美味しんぼのタイミングとは関わりなく多い。
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ホームページを作ったので、とにかく見て頂戴とのこと。作り方も掲載してある。
(アドレスはズバリ、http://www.miyakotofu.com/である。)
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今でこそ、食品の安全性が声高に叫ばれているが、磯崎さんはとっくの昔にその重要性を認識し、実践し続けてきた。天然成分とともに歩んできた方だけに、年令を感じさせない溌剌さ。肌はもちろん声にもツヤがある。頷ける。
単独で買うと70円する板氷を保冷用ということで、豆腐の数だけおまけで入れていただいた。発泡スチロールの箱にご丁寧に収めていただいて感無量。天然水を使った氷はこれまた絶品で、氷が不足気味だった交流会の席では大いに重宝した。ありがたい限りである。
木綿豆腐が参加者の皆さんに大好評だったのは言うまでもない。その丈夫さから来る、食べ応え。絶対純度を持つ大豆と秩父山系の地下水の組み合わせによる総天然豆腐は、一度食べたら、その人の心を決して離さない、そんな逸品である。
小山酒造、みやこ豆腐、両者の天然水へのこだわりは、商いの王道に通ずる。地元の誇りである。
■其のV:赤水門がなくなる?
《転載・転送自由》===
赤羽、そして北区の名所の一つであり、荒川の治水・知水の歴史を語る上で重要な水門が荒川と隅田川の分岐点にあります。新しい方は通称「青水門」と言い、現役稼動していますが、もう一つの古い方、ご存じ「赤水門」は実は水門としては機能しておらず、その歴史性のために、ただ残している(放置している)だけ、ということです。
決して慌てることではないのですが、そんな赤水門の改修計画がにわかに持ち上がっているらしく、単にメンテするだけならまだしも、審議する委員(学識者?)の一部意見により、赤色の塗装をなくす(=赤水門と呼べなくする)方向で議論が進んでいる旨、関係者から聞きました。行政側としても赤水門のままで保全したいところが、何やら不可解な了見で、とにかく赤ではない色に塗り替えられそう、ということなのです。
地元への説明もないようです。となると、地域から何らかの声を上げていくしかなさそうなので、一つのきっかけとして、Eメールでの伝聞、そして地元の皆様の口コミなどに期待する次第です。 |
===《ここまで》
賛成か反対か、を問うよりも、まずはその理由やプロセスに疑問を呈したい、というのが正直なところです。(とにかく問題提起して、成り行きに任せるのがいいのかな、ということで。)
1924年以来、先人の積年の尽力によって、ここまで保たれてきた赤水門。本当に塗り替える必要はあるんでしょうか?
*現在まで、赤水門として維持されてきたことを示す小史を見つけた。(こちらを参照ください。) |