随筆「東京モノローグ2006」(5−6月期)
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第211話 環状第8号線全通 / 第210話 べからず集「傘」〜「べからず集」part10 / 第209話 8時30分出発、18時30分帰宅 / 第208話 変化あっての新宿駅

第211話 環状第8号線全通(2006.6.15)

 第206話「途上の環八通り」でご紹介してから2カ月。5月28日(日)正午、環状第8号線(環八通り)が晴れて全通と相成った。(詳細⇒「未来につながる東京の大動脈!」/「環状第8号線整備」)

 「東京都の道路愛称名一覧」によると、この環八通り、「都道311号」ということで、今回の第211話とは100番違い。これも何かのご縁だろうから、開通祝いを兼ね、今回は環八ネタをお届けする。(蛇足ながら、都道211号は、新島本道だそうな。)

 やっとこさ完成、ということで東京都は盛り上がっているようだが、環状道路というには物足りず、半環状といったところ。東京東郊もぐるっと含めて、総延長100kmくらいの道路が完成、となれば大喜びしても良さそうだが、半円の環状ではねぇ。強いて言うなら弧状道路、つまり環八ではなく、「弧八通り」なら納得も行くし、東京の道路を初めて使う人にも説明がつき、変な誤解を招かずに済むと思われる。

 何はともあれ、その半端さゆえに、筆者地元が環八の起点(正しくは終点)になっている、というのは良しとしたいところ。新たな開通区間に自転車でフラと行ける、というのもちょっとしたアドバンテージか。開通初日の5月28日は遠出していたので、開通時刻(正午)に居合わせることはできなかったが、夕刻になって自転車を駆り、18時頃には相生・若木エリアに到着。3月31日はただ道路が横たわっているだけ、という感じだったが、「動体あっての道路」はこの日、待望の活力を得たかのよう。真新しい道路をクルマがスイスイと走り抜ける様は、見ていて心地よいものだった。あいにく、自転車などが通行できる側道はまだ一部工事中で、こちらはスイスイという訳にはいかない。(v_v) 通行止めの柵が残る脇の坂道をこぎ、地図の十字の地点(曲がりくねった新道とのT字交差点)まで上り詰めるのがやっと。ここから先を下っていくと、東武練馬や平和台方面に続く。新しい路面を走破したいという思いはなくはなかったが、この起伏は少々こたえる。下ったが最後、暗い中をノコノコ駆け上がっていくのはツライ。この日はここで引き返すことにしたが、T字路の高台から見渡す暮色の景観はなかなか好くて、これだけでも来た甲斐はあったかな、と悦に入る筆者であった。

志村・赤羽方面に向かうクルマ

開通初日は、ここまで来て折り返し(右に見える道路が新道)

2月はまだこんな感じで、閑散としていた環八通り(志村坂下交差点から相生町方面) 往路ではそれほど意識していなかったが、開通初日ということもあって、交通量が何となく多いことに帰途、気が付いた。これまでは、中仙道の交差点(志村坂下)から西側は(相生町交差点で環八通りは途切れていたため)、それほどクルマは走っていなかった気がするが、今は実に活発。その後も近所で何となく交通量を目測しているが、以前より往来が増えた印象はある。(特に大型貨物車両!) 環八通りを眺めるついでに、案内標識(108系)を調べてみた。起点(赤羽岩淵交差点)手前では、「志村坂下 川口」と、これまで通りだったのに対して、環八通りに入ってから最初の案内標識(北赤羽駅付近)では、「荻窪 志村坂下」と荻窪の表記がお目見えするようになった。随分と遠くに感じるが、確かにつながった、ということを実感できる。しかし、よく考えると現時点では、王子方面から北本通りを通って赤羽岩淵に来た際に、クルマの運転者・同乗者は、荻窪の表示に遭遇しないことになる。全通を期待して来たものの、これを真に受けると「環八通りって未完成?」と勘違いしかねない、ということである。いつ書き換わるか、見物である。

3月はまだ「相生」止まりだった環八通り...(右写真に続く)

めでたく「荻窪 志村坂下」に(撮影位置は異なるが、左写真と同じ案内標識)

赤羽岩淵交差点手前の案内標識(志村坂下は直進、川口は直進後右折) 荻窪とは書かれていない

環八通りに入って最初の案内標識(ここで「荻窪」の表示が登場)

 さて、環八通り全通に寄せて、沿道住民として期待したいことの一つに路線バスの新設が挙げられる。環七通りには、東京都交通局自慢(?)の王78系統が新宿〜王子を延々と走っている。これに倣って、とまではいかずとも、都営地下鉄などとのアクセス拡充にも寄与することから、23区の北西エリアを往来するバスが通ってもいいと思うのである。

 すでに検討中かも知れないが、都バスの路線例としては、

光ヶ丘または練馬春日町(いずれも都営大江戸線乗換)−平和台(有楽町線乗換)−東武練馬駅付近−志村三丁目(都営三田線乗換)−小豆沢−北赤羽(埼京線乗換)−赤羽岩淵(南北線・埼玉高速鉄道 乗換)−赤羽

 といったところか。(さすがに、荻窪〜赤羽/王子というのは難しいか?) これが実現すると筆者は、都営交通の一日乗車券(700円)1枚で、主たる職場に通えるようになる。

 都バス以外なら、やはり国際興業バスだろう。ただ、志村営業所の系統図[PDF]を見る限り、まだ新路線はなく、北西エリア横断型として通用しそうなのは、現行では赤02系統(赤羽駅西口〜成増駅北口)程度か。東武練馬と赤羽を結ぶ系統は、あっても良さそうだが今はない。赤羽営業所管内では、赤31系統など、赤羽から環七通りを経由して、高円寺に出る路線はあるが、環八経由のバスは走っていない。今後の計画がわかればいいのだが。

 羽田空港行きのバス、というか環八縦断バスなんてのも出てきそうだが、赤羽なり王子から羽田空港までまともに行ったら、相応の時間がかかることは覚悟必至。何せ起点から終点まで、44.22kmもあるんだから...(マラソンコースとしても使えそう?) 路線バス新設など、また何か変化があればお伝えしようと思う。

  • こちらもどうぞ... ⇒ 環八通りが出てくる話題

第137話 タクシー地名考(羽田空港編)/第177話 小田急線 複々線化/第179話 天然ガス引火騒動第189話 公共物のダメージケア/第196話 街の光彩

 

第210話 べからず集「傘」(2006.6.1→3)

©Yahoo! JAPAN Weather 5月らしくない5月だったなぁ、とふりかえってみる。雨や曇りの日が多く、荒天にも何度か見舞われた。象徴的だったのは、5月19日の台風並みの荒れ模様(左:実況天気図参照)、20日・24日の不意の豪雨だろう。

 このニュース見出しを見れば一目瞭然。日照時間もかなり少なかったようだ。

5月24日20時頃、新宿駅南口にて。人と同じ数だけ傘が動く。 梅雨入り=傘の出番、ということで「入梅」の6月11日頃(?)が「傘の日(by日本洋傘振興協議会)というのに因んで、今回の「べからず集」はズバリ傘!と前々から決めていたが、入梅前にこれだけ雨に見舞われると、当然のことながら様々なシチュエーションの傘に遭遇することになるから、あれもこれも、といった状態。(ネタに事欠かない、というのも考え物。)(^^;

 という訳で、毎度の如く、ランキング形式で列挙してみようと思う。本格的な雨季を迎える前に、自らを含め、マナーを確認する上で有意義な「べからず」になれば、と願う。

  • 次.上に向けてたたむ

 そのベテラン社員風の男性は、何を思ったかいきなり傘を上に向けて、両手でクルクルと傘を絞り、留め始めた。周囲を確認した上での行為ではあったが、一瞬ギョッとした。夕方のラッシュ時、JR新宿駅 中央通路でのこと。


  • 10.きちんと立てかけない

 立てかける場所がない以上は致し方ないが、何とか工夫してほしいもの。電車内では、戸口や通路脇に立てかけても、滑ってパタン、というケースがまま見受けられる。手すりにうまく引っ掛けられればいいが、ぐっしょり濡れた傘が展がったままではかえって迷惑というもの。引っ掛けるにしても、やはり傘袋などに入れておきたい。(何より、自分でしっかりキープするのが無難か。)


  • 9.きちんと袋に入れない

こういう便利なタイプもある 店内に入る際、傘用の袋が用意されているのであれば、できれば使いたいものだと思う。使い捨ての典型のようなものなので、使わないに超したことはないかも知れないが、ここはマナーが優先か。使い終わった袋を入れる容器に、未使用の袋がよく紛れている。筆者はそれを使うようにして、できるだけリデュースに努めているつもり。(一度入手した袋は、その日一日使い回すようにもしている。もっともマイ箸同様、「マイ傘袋」を携帯する方がより高配慮?)


  • 8.きちんとたたまない

 たためる・留められる傘は、その機能を活かして、コンパクトにしたい。傘袋を持ち合わせていないなら、なおのこと。特に混雑気味の電車・バス車内などでは必定だろう。


  • 7.濡れたまま仮置き

 これは折り畳み式の傘にありがちなべからず例。オープンな公衆電話コーナー、駅の自動精算機、銀行ATMなど、置場がなく、財布やパスケースの出し入れを伴う場面で遭遇する。折り畳むのはいいとしても、それを機械の近くに置くのはマズイだろう。第181話で書いたような荷物置場があって然るべきだが、それとは別に傘置場が必要ということかも。


  • 6.すれ違う時に除けない

 朝日系の読み物情報源にも出ているが、「江戸しぐさ」の代表例である「傘かしげ」。現代では、この習慣が試練を迎えているような気がする。優先席の意義を弁えない輩、降りるのを待たずに乗り込もうとする衆人が増えているのに符合するように、この傘かしげができる人が減っているのは確か。筆者はかしげるよりは、「下ロクロ」を下げて、すぼめてみたり、開いたまま真横にしたり、より利他的な除け方を心がけてきたが、相手も相応の除け方をしないことには十分な効果が得られない。最近ではその場に立ち止まって遣り過ごすのが手っ取り早いと感じるようになってきた。


  • 5.雨滴を飛ばす

 たたむ前にバサバサやるのは、極めて日常的。ただ、この「水切り」を派手にやって、たたまずに済ませよう、というのはちょっといただけない。きちんとたたむ人は水切りも穏当なのでいいが、一部の粗雑な公衆には要注意である。

 前述の日本洋傘振興協議会提供の「正しい傘の使い方」によると、傘を大事に使うという観点から、水切りはやさしく、とある。傘を回すのも傘にとっては負担になるからやめましょう、と出ているが、これはさすがに雨滴が飛ぶと迷惑だから、という点を重視してほしいものだと思う。


  • 4.上に掲げる?

 5月のある雨の日の電車内、筆者が座る斜め前に立った女性は、傘をたたまない上に、何とそれを掲げ始めた。吊り革を持つ手に傘を携えるという斬新なスタイルである。なぜか雨滴が零れるようなことがなかったので、何となく一瞥しながら制する程度で済ませておいたが、いったいどういうつもりだったのだろう。理解に苦しむ。


  • 3.吊り革にぶら下げる

 さらに一歩進んだバッドマナーがこれ。ここしばらく見かけなかったが、先週末、上りの東海道線車内で久々に発見。濡れていない傘、かつ比較的空いていたので本人も悪気はなかったのだろうが、周りの客はたまらない。座席がいっぱいになったところで足元に下ろしていたが、電車の揺れが激しかったりでもしたら、誰かしら被害に遭っていただろう。


  • 2.ビニール傘 放棄

 安易に購入できるものは、安易に捨てられてしまうのが宿命なのか。ちょっと強めの風雨があった日は、必ずと言っていい程、骨が折れ曲がり、生地に当たるビニールがグニャグニャになった傘が放棄されているのを目にする。

まだまだ使える丈夫そうな傘でも、散乱ゴミの現場ではこの有様。(荒川・葛西橋付近にて) そもそもちょっとした雨風で壊れてしまう、というのは製品としてあまりにお粗末。しかし、使い物にならなくなったからと言って、ポイ捨てしてしまう人物はもっとお粗末である。折れた骨などを修理するのは、それこそ骨が折れるだろうから目を瞑るとして、せめて適切に分別なり、処分なりしてほしいものだと思う。


  • 1.横に持って突き出す

 この行為は、濡れて不快だとか、マナー不良だとかのレベルではない。傘の先端部「石突き」が、尖鋭である程、それは凶器に近くなる。尖がりが下向きではなく、横向きに出てきたらどうだろう。こんな危険極まりない状況はない。急いで通行する時、特に階段を早足で上がる時、下向きの傘は本人にとっては足枷になる。そこで、鞄持つ手に傘を寝かせて、となる訳だが、背後にいる人は冗談では済まない。階段を上る前からその状況なら回避策も講じ得るが、階段歩行中に急に寝かせられては、仰天吃驚。傷害事件に及ぶ可能性だってある。君子危うきに近寄らず、危なっかしい傘を持って急いでいる某がいたら、予め避難するに限る。

...シーズン入り(入梅)すると、また思わぬ事例に出くわすかも知れないが、今回はこんなところで。べからずに留意し、上手に雨、そして傘と付き合いたいものだと思う。

第209話 8時30分出発、18時30分帰宅(2006.5.15)

 第148話を最後に、筆者の勤務先情報を然るべき形でお届けできず、ご関係各位にはご迷惑をおかけしました。その後の顛末については、

 と、断片的にお伝えしてきましたが、いわゆる常勤での職場生活からは遠ざかっていたのは事実。「愛・地球博」後の仕事をしっかりセルフデザインしていなかったのが主因ですが、事務所の移転云々や、人件費の目処等々、様子見が必要な事情があったことも挙げられます。ここ半年ほど、掛け持ちを続けつつ、仕事を調整してきましたが、先の「第7回 荒川クリーンエイド・フォーラム定期総会」において、予算案が通ったことを受け、晴れて同フォーラム事務局で、ある程度常勤で入れることになりました。(社会保険関係の手続きも再開!)

 という訳で、今回は一応「異動」(?)のご挨拶を兼ね、現時点での勤務先情報をお知らせします。

月曜日:基本的に在宅勤務

火・木・金曜日:NPO法人 荒川クリーンエイド・フォーラム

水曜日:クリーンアップ全国事務局(JEAN

土・日曜日:各種行事の予定次第
※主に、ここに掲載中のイベント

 荒川クリーンエイド・フォーラムは、都営新宿線の船堀(JR利用の場合は新小岩)が最寄駅(荒川と付くので、荒川区にある団体と思われがちですが、江戸川区にあります)、一方、クリーンアップ全国事務局は、JR中央線 国分寺駅が最寄駅。両団体を掛け持ちすると、都内の東と西とを大移動するような形になるのでひと苦労ですが、週の真ん中に国分寺勤務を当てはめることで、気分転換にはいいようです。

 筆者の東西勤務が固まってきたところで、もう一つの掛け持ち団体である、日本ボランティアコーディネーター協会(JVCA)の移転先が決定。先の大型連休初日に、神保町(猿楽町)から飯田橋に移り、事務局機能も再開したところ。4/29に続き、5/12に再度伺い、インターネットやLAN周りのメンテをさせていただいて、あとは同協会ホームページの連絡先を全ページ更新すれば、筆者の作業としては一段落、といったところです。幸い、東西軸の間に位置するので、新小岩(または国分寺)からの帰りにおじゃま(御用聞き)することが可能。コンテンツファイルをお預りして、月曜日などにホームページメンテ、といった感じで続けようと思います。(ちなみに、国分寺〜飯田橋は約27km、飯田橋〜新小岩は約11km。国分寺が結構西に離れていることを再認識。)

 平日は、8時30分出発、18時30分帰宅の線で行ったり来たり、になりそうです。両団体とも、10時出勤なのですが、荒川クリーンエイド・フォーラムは、新小岩からバスなどで行くことにし、クリーンアップ全国事務局へは、変則(遅延)ダイヤで名高い中央線快速を利用することから、ある程度余裕を見て通勤するために、8時30分には地元駅出発、なのです。(第208話に書いたように、新宿駅に着くまで、新宿駅からの帰途、がどれだけ安定的か、がポイントですね。)

 川と海のクリーンアップ(収集&調査)がようやくメインになってきました。仕事を通じて、第150話に記したような「東京の地域性」もより深く見据えていければ、と考えています。引き続きのご高配ご厚誼をよろしくお願い申し上げます。(今年に入ってから、画像多用&長文が続いていたので、今回はごくシンプルに、この辺で。)

*平素、お世話になっている方々には、別途Eメールにてご挨拶をさせていただく所存です。


  • 付記:

*JEAN通信(第128号:2月発行)に寄稿した筆者自己紹介文の原文を掲載します。(実際の掲載文は、よりコンパクトです。)(^^;

 小さい頃、小田急線に乗って江ノ島海水浴場に行くのが夏の家族行事でした。海は灰色なんだ、というのが当時の認識。ゴミもたくさん落ちていたんでしょうけど、砂浜で遊ぶのに夢中で、あまり気付いていなかったようです。それからしばらく経ち、学生時代に江ノ島に、社会人になってからは、生まれて初めて鵠沼海岸に足を運ぶことになります。

 1992年秋、実はこの鵠沼デビューがビーチクリーンアップデビューでもありました。ゴミが散らかっているのは、社会や地域の乱れを示す、というのが何となく持論になっていて、何かしたい、と思っていた折り、当時勤めていた会社が、このクリーンアップを社会貢献活動の一つとして推奨していて参加しやすかった、というのが動機です。ゴミを片付けるだけではなく、品目も調べる、という手法に感服しつつ、レジンペレットというものが存在(漂着)すること、浜の奥まった場所にはゴミが吹き溜まってしまうことを知ったのも収穫でした。この時、海の色は灰色ではなくなっていたのが思い出されます。それはこうした取り組みがあるからなんだろうなぁなどと感慨に浸りつつ、キレイになった会場を眺めていたのでした。活動のきっかけを得てからは、その後も鵠沼会場に出かけつつ、多摩川クリーンエイド(二子玉川界隈)を手伝ってみたり、当時の居所近くの等々力渓谷を自主的に清掃したりと、クリーンアップが身に付いていき、1994年の「荒川クリーンエイド元年」にたどり着きます。今は荒川クリーンエイドを主としつつも、巡り廻ってJEANの作業も少しずつ関わらせてもらうようになりました。荒川が地域型とするなら、JEANは全国型。両方の視点を持てることは幸運であり、また重要であると感じています。そして、こうした機会をいただけたのは、川と海がつながっている、ということの何よりの証しだと思います。

 これまでの職歴などから、まずは主に情報インフラ関係でお手伝いさせていただく所存です。より確実にデータを集約、照合し、ごみの発生抑制につながる情報基盤が作れればと思っています。地域や現場を大事に思える人々が益々増え、いろいろな意味での環境が再生されることを願う今日この頃。どうぞよろしくお願いします。

第208話 変化あっての新宿駅(2006.5.1)

*今回から、新サイトでの「東京モノローグ」掲載開始です。引き続き、ご笑覧ご高配の程、お願いします!(過去コンテンツはメンテしながら移転している途上のため、リンクが間に合っていない箇所があります。ご了承の程を。)

 何かと話題満載のJR新宿駅。3月のダイヤ改正後もとどまるところを知らず、特に4月はニュースずくめといった感じ。掛け持ち職場に出向く際、新宿を経由することが多いので、通る度に何かしらに出くわしていた。各種アクシデント等による遅れや乱れはいつものことだが、他の月ならそれも話題にならなくはない。だが最近では、よりインパクトのある話題が集中したために、ちょっとした遅れ・乱れはすっかり日常の一部と化してしまったようだ。そんないくつかのインパクト系出来事をお伝えしつつ、第160話からちょうど2年が経ったところで、今のJR新宿駅についてまとめておこうというのが今回の趣旨である。


  • 跨線橋工事とサザンテラス口

 筆者が幼少の頃、新宿駅の南口には改札口も何もなく、ただ甲州街道が通るだけの無粋なエリアだったのを憶えている。南口ができ、新南口なんてのまで出現し、今度は遂にサザンテラス口と来たから驚いた。隔世の感あり、とはこのことか。新南口はこれまで、中央線特急・埼京線・湘南新宿ラインのホーム(1〜6番線)から東側に抜けるだけの孤立した改札口だったが、サザンテラス側、つまり西側に新たな改札ができ、新南口とつながったことで、立派な玄関口になった。サザンテラス口は、JR新宿駅の構内最南方に新しい東西通路をもたらした。埼京線から山手線・総武線・中央線に乗り換えるのに、南口のコンコースまで行かなくても済むようになったのは実に有意義なこと。ラッシュ時間帯は、乗り換えのコンコースに出るまでがひと苦労で、エスカレーターや階段の渋滞は相当なものだったが、この通路ができたおかげで、かなりの分散・緩和が図られているはず。よく利用する人にとっては、待った甲斐があったというものだろう。(駅構内図は、こちらからご参照ください。⇒「構内図のある駅一覧」)

開業前夜のサザンテラス口

すでに看板の準備もOK(新南口の隣は、サザンテラス口)

 東西を結ぶため、新南口は新南東口、サザンテラス口は新南西口でもよかった気がするが、おそらく通路の途中に近い将来設けられるであろう、新改札がオープンするまではこの名称でいくものと思われる。その新改札とは、甲州街道の歩道部分、というより、バスやタクシーの乗り場(ターミナル)に直結するゲートを指す訳だが、どんな状態でオープンするのかは不明。4月15日(土)の大工事で、てっきりこのターミナル部分もでき上がってしまうものと思っていた筆者にとっては、物足りなさの残る跨線橋工事となった。

4月15日の工事のお知らせ(©東日本旅客鉄道株式会社) ここで言う跨線橋とは、甲州街道がJRの線路を跨ぐ橋。幼少時の記憶とおそらく同じ状態のままだった橋が人工地盤によって拡幅され、その地盤上にバスやタクシーの乗り場ができることは、埼京線の1・2番線のホームがこの工事に関連して手狭になって以来、聞き知っていたこと。ホームを狭くしていた囲いが外れ、東西通路ができ、跨線橋も拡がり、と勝手に想いを廻らしていた訳だが、一朝一夕にはいかない。東西通路とサザンテラス口ができただけでも大したもの。跨線橋架替工事ということだったが、どのように架け替えられたかはピンと来ない。とにかく橋と地盤の基礎を固める、というのが主旨だったのだろう。翌16日、真新しいながらもまだ工事途中のような東西通路と所在無げなサザンテラス口を往復し、山手線・総武線のホーム最南端部分と東西通路を結ぶ長細い通路を試し歩きしたりしながら、新宿駅の進化を実感した次第。甲州街道の南口ターミナルがお目見えしないと新しい歴史は始まらないのかも知れないが、これはこれで一大事。次の展開に向けたプロセスをまた楽しむとしよう。

新しくできた通路はこんな感じ。(右奥を進むと新南口に出る)

ホーム最南端にある通路から見た13・12番線の山手線列車。サザンテラス口から山手線に乗ろうとすると、ちょっと歩くことになる。


  • 中央線ホーム移動

ここがかつての上り中央線快速ホーム 中央線特急用の5・6番線ホームが南側に新たにできた際、かつての特急用ホームに、東京方面行き(上り)の中央線(快速)ホームが移ってきて、7・8番線になった。列車が発着しなくなった旧7・8番線は、廃線・廃駅のような状態がしばらく続いていたが、改良工事がいつしか始まり、受け入れ態勢が整っていた。その空いていた上りホームに、今度は高尾方面行き(下り)の中央線(快速)ホームがやって来て、新9・10番線に。これも4月15日の大工事の賜物である。4月14日の終電から16日の始発まで、埼京線・湘南新宿ライン・中央線特急・中央線快速を新宿駅から締め出しただけのことはあって、同時進行でいろいろな工事が捗り、見事改造が実現した、という訳だ。

日中のこの時間に、各駅停車 豊田行き、各駅停車 東京行き、なんてのはまず有り得ない。

埼京線・湘南新宿ライン・中央線特急・中央線快速が動かないとなると、これだけ書かないといけなくなる。

 もっとも、この大工事日に東京に出てきて、新宿を経由する移動を予定していた人にとってはたまったものではない。東京生活に馴染んでいる人にとっても、日中にまさか総武線(黄ラインの電車)の各駅(御茶ノ水〜三鷹)に朱色の電車が入ってくる、なんてのはドッキリものだし、埼京線で南へ行くのにどの列車も皆、池袋止まり!てのはさぞギョッとしただろうと思う。予定されていたことなのでアクシデントとは言えないが、非日常という点では大事件。鉄道マニア(特に車両・編成系)にとっては貴重な写真を撮りだめする絶好の機会になったことだろう。(かく言う筆者は、路線マニア?!)

飯田橋に朱色の電車!

こっちは千駄ヶ谷での一枚

 下り中央線快速が走らなくなった旧9・10番線は、今ではひっそりしているが、直に何らかの工事が始まるだろう。今度は総武線・山手線が移動することになるのか、はたまた新宿を起点・終点とする特別列車のホームにでもするのか、予測がつかない。ただ同じ改良をするなら、もっと広めのホームにすることが望まれる。せっかくの新ホームながら、上り中央線快速ホーム(7・8番線)は混雑時には人が線路に落ちそうなくらいの逼迫感がある。乗客の膨張は、ダイヤの乱れに伴うケースが多いが、予期できたことだけに、何とかならなかったのか、といつも思う。今は休眠中のホームだが、ここの動向についても期待しつつ見守るとしよう。

下り中央線快速が走らなくなった旧9・10番線ホーム

誰もいないホームは不思議な佇まい


  • 線路異変の余波

待機中のインタビュアー 4月24日(月)は、朝から国分寺に出勤していて、特にニュースもチェックしていなかったので、日中に山手線・埼京線がとんでもない事態に陥っていたなんてことは、知るべくもなかった。往路は、正にその高田馬場〜新大久保のレール隆起箇所を走り抜けていただけに、隆起前だったとは言え、ヒヤヒヤものである。帰途、新宿駅で中央線から埼京線に乗り換えようと思ったら、いやはや。埼京線は間引き運転とやらで、発車時刻の掲示はなし。南口改札をいったん出て、詳報を聞こうと思ったら、某公共放送の実況と思しきインタビュアーがLUMINEの入口付近でスタンバっている。やはり何かあったんだ。

 事の重大さを了知していなかった筆者は、漫然と次の埼京線発車案内に応じて2番線へ。20:40頃、下り各駅停車に乗ろうと思ったが、結構な混雑。この時「次の当駅始発列車は、3番線から20:53〜」云々とアナウンスがあったので、足早に3番線へ。ところがこのアナウンス、実はとんだ食わせ物だった。間引きとは言え、15〜20分おきには来るだろうとタカを括っていたのがそもそもの誤り。通常なら始発列車は5〜10分前には入ってくるので、そろそろと思っていた20:45、アナウンスは変化した。「次は4番線、続いて2番線...」。でも2番線は、通勤快速だったはずだから、パス。先発でも後発でも各駅停車に乗れればいい、ととにかく待つことにした。3番線に折り返し列車が入ってくる気配は皆目なし。だが、4番線も動きがないから、じっと待つ。やがてアナウンス。「20:50到着予定の各駅停車、6分遅れ...」そして「3番線に回送列車〜」。4番線到着に続き、直に3番線に回送が入って来て、憐れ、筆者の始発乗り込み作戦は泡と消えてしまった。追い討ちをかけるように2番線折り返しは「各駅停車に変更」とな。それなら最初から2番線で待っていたのに...

 21時ちょうど発車予定の2番線。だが、発車時刻前になっても折り返し列車は現れない。1・2番線ホームは大混雑。隣の島の3番線からそれを飄々と眺める筆者だが、涼しい顔もしてられない。順番では、4番線→2番線→3番線。回送が去った後の3番線は、21:12発 各駅停車。21時を過ぎた今、このままここで待っていれば、大差ないタイミングでの発車になるはずだが、このまま2番線が来なかったらどうなる?

 21:10前だろうか。ようやく2番線に折り返し列車が入って来た。程なく3番線には折り返しではなく、新木場からの列車が入線。4番線はいつまでも発車できない各停が停車中。21:15頃か、この瞬間、2・3・4番線に埼京線の各停列車が揃い踏みする、という珍事が起こった。超満員の4番線がまず発車、同じく超満員の2番線がそれに続く。そして程々の混雑の3番線列車が徐行しながら動き出す。やれやれ。3番線には30分超、待機していたことになる。線路隆起の余波は大きい。復旧後もこれだけ運行を乱してしまうのである。耐えた報いか否か、池袋で席に着くことができたのは幸いだった。先の第207話とは逆の立場になるため、隣客に迷惑がかからないよう、極めて控えめに着席。お隣が不行儀かどうかなど、こういう事態では言ってられない。だが、この時は極めて平穏に過ごすことができた。ありがたいことである。


  • 行先のバリエーション

 新宿駅がいろいろと動いているのは、こうしたことからおわかりいただけると思うが、ダイヤ改正や、第206話での「JR・東武直通特急」スタートに伴い、行先のバリエーションという点からも変化が見て取れる。

 行楽列車などの情報がイマイチ把握できなかったこともあり、今回は通常ダイヤにおいて、JR新宿駅からどこへ行けるかを一覧化してみた。2年前と比較してみると、ざっと下表の通りである。(駅名のみ、50音順)

行先

線名

赤羽

埼京線下り(大宮方面)

安房鴨川

総武快速・本線

池袋

山手線外回り(池袋・上野方面)

伊豆急下田

東海道線

宇都宮

宇都宮線下り(宇都宮方面)

青梅

中央線下り(高尾方面)

大崎

山手線内回り(渋谷・品川方面)

埼京線上り(大崎方面)

大月

中央線下り(高尾方面)

大船

横須賀線下り(大船方面)

大宮

埼京線下り(大宮方面)

奥多摩

中央線下り(高尾方面)

小田原

東海道線下り(大船方面)

籠原

高崎線下り(高崎方面)

河辺

中央線下り(高尾方面)

鎌倉

横須賀線下り(大船方面)

河口湖

中央線下り(高尾方面)

川越

埼京線下り(大宮方面)

鬼怒川温泉

宇都宮線下り(宇都宮方面)

久里浜

横須賀線下り(大船方面)

黒磯

宇都宮線下り(宇都宮方面)

国府津

東海道線下り(大船方面)

甲府

中央線

古河

宇都宮線

小金井

宇都宮線下り(宇都宮方面)

国分寺

中央線下り(高尾方面)

小淵沢

中央線

高麗川

中央線下り(高尾方面)

指扇

埼京線下り(大宮方面)

品川

山手線内回り(渋谷・品川方面)

信濃大町

中央線

新木場

埼京線上り(大崎方面)

逗子

横須賀線下り(大船方面)

高尾

中央線下り(高尾方面)

高崎

高崎線下り(高崎方面)

立川

中央線下り(高尾方面)

館山

総武快速・本線

千倉

総武快速・本線

千葉

中央・総武線東行(東京・千葉方面)

津田沼

中央・総武線東行(東京・千葉方面)

東京

中央線上り(東京方面)

東武日光

宇都宮線下り(宇都宮方面)

豊田

中央線下り(高尾方面)

中野

中央・総武線西行(三鷹方面)

成田空港

総武快速・本線

新潟

高崎線

西船橋

中央・総武線東行(東京・千葉方面)

沼津

小田急線・御殿場線

白馬

中央線

八王子

中央線下り(高尾方面)

平塚

東海道線下り(大船方面)

前橋

高崎線下り(高崎方面)

松本

中央線

三鷹

中央線下り(高尾方面)

南小谷

中央線

武蔵五日市

中央線下り(高尾方面)

武蔵浦和

埼京線下り(大宮方面)

武蔵小金井

中央線下り(高尾方面)

横須賀

横須賀線下り(大船方面)

竜王

中央線

千葉方面のホームライナーは、この手の車両を使っている。(どこへ行くのかとまどってしまう?) 2年前からは4つ減って、2つ増えた。行先に関しては大した変化はないかも知れないが、列車の種類は確実に変わった。湘南新宿ラインに特別快速が走るようになった、なんてのはちょっとした出来事だったと思う。


 ここのところ、信号トラブル、車両故障などが相次いでいる観があるJR(東日本)。各線が行き来する新宿駅では、当然ながら様々なトラブルに巻き込まれる確率も高くなる。あちこちに行ける利便性は、トラブルが極小化されてこそ活きるもの。列車の運行状況を乗客が気遣う、というのが常態化してしまうのは考え物。看板駅である新宿だからこそ、進化を遂げつつある訳で、駅ばかり立派になっても輸送が万全でなければ意味が薄れるし、工事を耐え忍んできた多くの利用客にも申し訳が立たない。信号や車両の点検・改良も重々お願いしたいものである。

 


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