第349話 店名書体(2012.3.16)
これまでに店名等の標記関係では、「?」(なぜ)や「!」(おっと)の観点で見て撮って載せて、というのが主だった。(→第124話、第279話、第342話など) 今回は、言わば王道というか、真っ当と思われるものを撮り集めた新シリーズ。着目したのは、その書体の佳さである。
看板というのがいかに大事か…それはその書体から意気込みというか姿勢というかが少なからず伝わってくることからしてもよくわかる。逆を言えば、看板や書体がいい加減だと、その店に対する客の見方や向き合い方もいい加減になる可能性があるということだ。あまりにお粗末な店にはそもそも入る気が失せる。その粗雑さが妙味、という場合もあるが、初見・新参の客を引き寄せる上ではあまり効果的とは言えないだろう。
気になる例を集め出したのが数年前。本郷・湯島エリアに通う機会が多かった時期に始めたのだが、それ以上の広がりがなく、暫く停滞していた。他のエリアでも気付いた時には撮っていたのだが、数が集まらない。と、1月下旬から常勤生活を再開することができ、その職場が神保町と九段下の間、というのが停滞打開の好材料となった。粋な看板が多そうな街にアクセスできるかどうかが一つのポイント。神保町という地の利を活かし、あれこれルートを変えながら、朝に昼にと探し集めた成果、それが今回のメインである。
当然のことながら、日中と夜とでは見え方が違う。夜編で特集した方が味があって良さそう?というのもあったが、それはまたの機会に、と思う。(もっとも、看板またはその周りに照明がない限りは良し悪しはわからないので、明るいうちでないと調べられないというのはある。)
【本郷・湯島】
これを目にして、店名の書体に関心が行くようになった。つまり、きっかけの一つ。ただし、看板はこうでも、webサイトは...(→web)
どこか希薄な感じがするが、これも趣向のうちか。何の楽器を扱っているのかは不明。
ご縁は全くなかったが、店じまいするというので撮ったのがこれ。(2011年9月16日撮影、閉場は24日→参考記事) つまりこの時は書体云々は関係なかったのだが、今見るとなかなかどうして、である。
湯島というよりは上野・御徒町エリアだが、堺屋という名だたる酒屋が仲町通りにある。その「堺屋」の標記もさることながら、その前置きに当たる「和洋酒食料品」の字がまた佳かったので、それを掲載。(建物も台東区の「まちかど賞」に選定されるなど歴史的価値あり)
【御茶ノ水・神保町】
新宿にもある。チェーン店のようだが至って少数。そんな控えめな感じが字にも表れている?
お隣は「イシバシ楽器」。縦型の方は、イシザワもイシバシも似たような印象だが、横書きの方は意匠的に優れていると思う。ホームページもハイセンス。(→web)
和も英もどっちもいい。素朴な中に品の良さを感じる。ちなみに、英の表向きは、HILLTOPだが、webの方はyamanoue。(→web)
建屋の雰囲気などを含め、総合的に評価。幟の書体もまたいい。
まずは建物に歴史を感じる。書体はその裏づけというか重みづけ。いや、この書体にして、この建物あり!だろう。建物と書体との相乗効果の好例である。「千代田区景観まちづくり重要物件」というのも頷ける。ちなみに、読みは要注意。文房具の読みを当てはめると間違う。「ぶんぽうどう」が正しい。(→web)
はじめに目にしたのが居酒屋の方。裏手の路地に面しているためか、雰囲気がある。スープカレー屋の鴻(神田駿河台店)もあるが、交通量の多い明大通り沿い。同じ「鴻」でも看板の仕様が異なり、こっちは少々見劣りする。
出版社のようだが、実態不詳。ただ、古書店の中にあって、その存在感は小さくないものがある。横文字というだけでない何かがある。
お値段以上の大衆居酒屋というのが気になるが、「大金星」の書体は上々。この手の店だと、自前のホームページがないことが往々にしてあるが、きちんと独自ドメインで持っているからまた天晴。ホームページの中でも同じ看板を見ることができる。(→web)
「カルタ」だったり「かるた」だったりするが、老舗ならではの味がある。(web上では「かるた」)/レコード社も頑張ってはいるが、ちとやり過ぎか。ただし、webサイトの方は絶品である。
書体にこだわりを感じたので、とりあえず撮っておいて、あとで調べる。書道用品の専門店だった!というオチ(=当然の帰結)。(ただし、webにはあまり注力してなさそうな印象)
達筆過ぎて読めない? 否、そもそも店名に難あり。日本人にはあまり馴染みがない漢字の店。辛うじて、「咸亨」であることがわかった。(→web)
おまけ) 上海朝市
胡雄さんによる書というのは咸亨と同じ。姉妹店であれば、当然か。ただ、こちらは「海」の字がいま一つ。(比較例として掲載) |
それほどのものではないかも知れないが、何となく。東武東上線は大山に「木林森」という名の店があり、それを撮っておいたのを思い出し、その対比ということで紹介。「林」つながりである。同じ字でも書き様で印象が変わる。おにぎりの方が親しみやすく、四季の味の方は手堅い感じ。もっとも、「木林森」の方は書体云々よりもネーミングである。
漢字の成り立ちを見るような字体で目を引く。水道橋の「水」に至っては、「川」に限りなく近い。同じ「吉」でも大違いという例として、ここでは吉野家を一つ。注目すべきは、「口」の上が、「士」なのが歯科で、「土」なのが牛丼、ということである。
日本教育会館の一階にある。当初、「書廊」と思っていたが、「画廊」だった。書も画も字の起源としては似ているということだろうか。(→web)
【日暮里の西(谷中ぎんざ)】
今回のテーマに打ってつけだったのが、谷中、それも「谷中ぎんざ」だった。こじんまりした商店街だが、それ故の連帯感のようなものがあり、それが看板に表れている、と言っていいだろう。一定の規格を設け、どの店も同じような大きさのものを掲げ、その書体やデザインはかなりの力の入れ具合。今まであまり訪れなかったのは、この看板ネタのためにとっておいたようなもので、思いがけないというか、奇遇を感じた次第。何枚も撮った中から、ピックアップしてご紹介する。(いずれ「谷根千」エリアでしっかり探索しようと思う。)
富士山の熔岩でできた窯で焼き上げたパン、といったことが書かれてある。富は富士山からとったものだろうか。ネーミングも冴えているが、その当て字を擬人化しているところがまた秀逸。
軒にも看板は存在するが、壁面のこの看板がまた何とも言えず... 谷中銀座商店街のホームページでは、「かみやうどん」のままだが、その後継店に当たる。
トリミングしたので角度がおかしくなっているが、看板と吊り時計をセットで見てもらおうという都合でこうした。ネジ巻き式を想起させる書体は称賛モノである。(原点に忠実ということだろう)
花屋だが、例えばチューリップにつく葉がそうであるように、細くてしなやかな葉をイメージしたような書体である点がポイント。触れると痛そうではある。
紛らわしいが、「はつねや」は衣料雑貨店で、「初音家」は惣菜店。看板の妙、読みが同じ店が並ぶ妙、そしてこの本物と見紛うばかりの「看板ネコ」の妙・・・必見である。
谷中ぎんざは、はつねや迄。そのはつねやの角を曲がると、よみせ通りに出て、趣のある店がポツポツ出てくる。焼酎の「だんだん」と麺の「ひだまり」は、その字体こそ対照的だが、ひらがな4字どうしという点で共通で、両者いい味を出している。町家風の建物がまた絶妙。
店名ではないが、谷中の外れに2つ、字面がいいのがあったのであわせて紹介する。
ちょうど陽射しの加減で陰影が現れて、より立体的に見える |
あまり目立たないが、実に繊細な感じで、芸術性が窺える。音符と文字の合成がまたCOOL。 |
【その他】
秋葉原にあるためか、先進的な観ありだが、その書体は至ってクラシック。1845年創業という老舗ゆえの書。印鑑・印章の店だけに印象的(?!)。
おそらく日本橋界隈も、看板・書体ともに秀でた店は多い筈だが、重点的に調べる機会なく、今回はこの一軒のみ。美術店だけに建物も上等。(→web)
近くにお茶の水女子大学があり、同・附属高等学校の同窓会母体が作楽会。その会館である。これで「さくら」と読む。「伝統書体」とでも言うべきか。
書体につられて、関心を寄せるというのは大いに有り得る。看板はなくとも、レタリングの工夫一つで客を呼び込める可能性は十分。インパクト頼みの看板が氾濫する中だからこそ、逆に文字に注意を払い、静かな力を持たせる、というのはありだろう。書体に限らず、縁取りや色合いや形状や、自分なりの着眼点を以って、観察・収集する、というのは趣味としても悪くない。街歩きにおける一つの要素、さらに発展させれば、街づくりにおける一大要素にもなると考える。引き続き、観察・観賞しようと思う。
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